清華大学燃焼サマースクール
7月の半ばに9日間ほど北京に滞在し,清華大学で行われた燃焼に関するサマースクールに参加していた.そもそもの発端は浙江大学とのダブルディグリープログラムについて指導教員との会話だった.僕は面白そうだと思い指導教員に行けないかどうか尋ねてみるも,学長レベルでの締結ができておらず行けるかどうか不透明だと.中国の大学は予算が潤沢に使用できるようになっており研究レベルが米国に追い付かんばかりと聞いていたので,これは自分の目で見てやろうと思って少し粘る.それならということで,ダブルディグリーに行けない代わりに指導教員がこのサマースクールについて教えてくれた.ポスターセッションがあるらしく,それに登録するならば旅費の一部を負担してくれるということで参加することにした.
清華大学
中国の東大.卒業生には習近平や胡錦涛がいる.米国からの指示で作られた留学予備校がもともとの前進だそうで,第2次世界大戦や文化大革命などの揺籃を経て理工系でトップの大学として発展してきた.英語で書くとTsinghua University.スペルが覚えにくくしょっちゅうタイポする.読みはシンファではなくチンファ.
大学敷地内にある池.もともと清華園という皇帝のための庭園があったところに学校を作ったのが清華大学の始まりだそう.キャンパスの西側にはその世界史で有名な円明園も隣接している.
清華大学の西門.ホテルの最寄りだったため毎晩ここから市街地へと散歩に出かける.
渡航準備
燃焼学会のアナウンスページからサマースクールのWebサイトに飛べる(今見てみたらNot Foundだった.サマースクールが終了したから改修中なのだろうか).登録フォームがあるのでそこで個人情報やらを入力すれば終わり.支払いについては,国外の人間は当日にキャッシュで払えばよいとメールにて知らされた.ポスターの応募方法が記載されていなかったので運営にメール.PDFファイルを送ればこっちで印刷してあげるとのこと.直近の研究についてポスターを持っていなかったので作成する.この論文の続きを発表するよと,以前に発行された論文のURLを送付.後日催促のメールを受け取り渡航2日前にポスターを仕上げ送付した.返答はなかったので間に合わなかったのだろうかと思いつつ,あとは野となれの気持ちで北京行きの飛行機に乗り込む.
登録とレセプション
前入りしてゲストハウスに泊まったりしたが割愛.ゲストハウスの住人にsimカードの契約を手伝ってもらい30元で30 GB分のデータ容量を確保(15 JPY/GB!!!).地下鉄で最寄り駅まで行き,タクシーで清華大学正門へ.そこから歩いて10分ほどの建物でサマースクールの登録と支払いを済ませる.ホテルの場所を聞いて荷物を置きに出かけるも,間違った場所を教えられたために2時間さまよった挙句見つけられず.レセプション会場に荷物とともに引き返す.
レセプションでは参加人数の多さに驚いた.椅子がせいぜい50脚しかなかったのでそれくらいの人数だと思っていたら後からぞろぞろ増えてきて,バスケットコート1面分くらいのレセプション会場が人で埋まってしまった.だいたい200人くらいだろうか.ほとんどが中国系で,当然中国語が飛び交う.一人で食事をとっていた同類を見つけて話してみると,香港からきた博士後期1年と知り意気投合.後半には浙江大学の学生らとも会話でき,ひとりぼっちを回避できたことは及第点.
ホテルの正しい場所を教えてもらい無事チェックイン.一泊5000円くらいで朝食バイキング付きと日本と比べて割安.清潔で静かなうえサービスもよく,個人的にはとても気に入った.Wi-Fiが遅いことと洗濯のサービスがバカ高いことだけは不満だった.結局手洗いで衣類を洗濯して過ごした.ルームメイトは韓国から来た修士二回生で1週間の間多くのことを話した.すでに20回!シンポジウムで発表してたり,週7日,9時ー25時で研究室にいるなど,研究に対する姿勢の違いを感じたものだ.
サマースクール入り口にあったパネルと
ホテルの様子と韓国人ルームメイト錬世君の背中.ダブルのように見えるがツインである.
講義
欧米から来た教授4人による4種類の講義が提供される.そのうち2つを選択し,午前と午後で3時間ずつの講義を受ける.僕は Paul Clavin 教授の Structure and Dynamics of Combustion Waves と Philippe Dagaut の Combustion Chemistry 選択した.
Structure and Dynamics of Combustion Waves
火炎伝播やデトネーションの理論についての講義.講師の Paul 教授は Combustion Waves and Fronts in Flowsという書籍の著者で,書籍の内容に関連する基礎的な理論から難解な物理現象のイメージまでの解説を受けた.Paul 教授は Zeldovich が大好きで講義の中で何度となくその名前を聞いた(現代の燃焼分野の父は Zeldovich なのだとか).フランス人的な洒脱さが特徴的な人で,講義中も冗談をたくさん言ってはおどけて見せたり,レセプション会場で奥さんと笑いあったり人生を楽しもうという姿勢に好感を持った.一方で時には実直なところもあり,キャリアパスについてのパネルディスカッションでは無条件の数学賛美,計算資源への傾倒に疑問を呈し,Princeton の中国人教授と半分口論になる場面もあった.
講義は骨のある内容だったが,進行ペースを調整してくれたおかげでおおむね理解できた.時折,早足になってまったくついていけない箇所もあったが,いつかその知識が必要になったときに再度確認しようと思う.別のPh.Dの学生は,講義が常識的な内容しか扱っていないと不平をこぼしていたが,僕のようなモグリで燃焼をやっている人間にはとてもためになった.大学院の授業では燃焼工学は学ぶものの,燃焼の理論について学ぶ機会は少ない.学生有志で書籍を読んでいるものの理解には時間がかかり,講義形式で学ぶ機会を手に入れられることは恵まれていると感じた.
Combustion Chemistry
燃焼の化学反応についての講義.講師の Dagaut は化学屋で反応機構を作ることを主な生業としている.ぼくが修士課程までに行っていたアンモニアの研究で,反応機構を調べているときにその名を目にした.次の Combustio Institute の副会長になるという話も耳にしたが,僕の聞き取り能力の低さのために真偽は定かではない.フランスのCNRSという研究機関に所属しており,学生の指導は行っていないようだった.そのため,講義というよりも研究報告のような形で講義が進められ,反応経路図とバリデーションの結果を延々と見ることになった.研究で直接取り扱っていない化学種が多かったので,バリデーションの結果はあまり求めるところではなかった.しかし,低温酸化反応の反応経路についての解説や,結合エネルギーの考え方など化学反応についての知識の解像度が上がった.
Nonsteady Combustion Physics in Flows
直接受講したわけではないが別の参加者に聞いた話として,講義の内容は素晴らしかったが,講師の Vigor Yang 教授は中国人であり,頻繁に中国語で解説するので非中国人はつらいとのこと,
Advanced Laser Diagnostics in Turbulent Combustion
受講生皆が口をそろえて絶賛していた.レーザ計測手法だけでなく物理現象の解説もわかりやすかったそう.
ポスターセッション
ポスターセッションの当日に確認してみると,僕が送付したもの以外にもう一つ,計2枚のポスターが印刷されていた.はじめ混乱し,指導教員が気を利かして送ってくれたのかと思ったりしたが,どうやら既に発表されている論文から運営の方が作成してくれたらしい.戸惑いつつもセッションに参加したが,教授たちは来ず来場するのは学生たちばかりで少し安心するとともに,物足りなくも感じた.中国の学生による質問のしつこさには脱帽せんばかりだった.ノートパソコンを取り出して動画を実験の動画を見せてあげると喜んでいた.バリデーションの有無について多くの質問を受けた.化学反応についての数値解析を用いた研究計画を立てる上で,出口戦略としてバリデーションの方法を検討しておく必要があると改めて感じた.
左:運営が作成してくれたポスター,右:自分で作成したポスター
北京観光
最終日の午前に実験室見学を終え,深夜のフライトまで時間があったので北京観光をすることにした.北京798芸術区に向かう.工場跡地に自然発生した芸術家たちのアトリエや展示場が集積した場所で,多くのモニュメントや展示があり歩いているだけで楽しくなる.到着後すぐに最も有名な UCCA という美術館に向かう.当時はピカソの展示を行っており,行列をなす中国人たちで大いに賑わっていた.知っていた作品はなかったが,時系列で多くの絵画や木彫りの像を見ることができ,人間が後天的に身に着けてしまったものの見方から離脱する方法についてピカソが模索した過程を少しだけ理解することができた.その後も町中にあるアトリエをうろうろして楽しんだのちに帰路についた.
UCCAの入り口,芸術地区で一番の人だかりだった.
Picasso展の展示,左の木彫りの像の線が右の絵にトレースされているような気がしてくる.
嵐山で見た ARABICA コーヒーがもっとおしゃれな佇まいで存在した.
終わりに
国内のサマースクールすら参加したことがない自分が,北京の環境に飛び込んで講義を受けるなど,つい一年前には想像もつかない経験だった.講義も面白かったが,それよりも海の向こうの Ph.D の学生たちと会話できたことは価値があるものだった.フランスに滞在した時もそうだったが,日本国内で出会う Ph.D の考え方と海外で出会う彼らのそれは大きく異なる(もちろん彼らの国にも同様の考えはあり,積極的に国外に出向く人々という偏ったサンプルだろうが,).国内では経済的にも社会的にも,なんとなく負い目を感じざるを得ない場面がある中で,彼らは野心的にそのキャリアを選択したという自負がある.多くの国でも働くことができるように,まずは卒業することと,よい論文を書くこと,そのモチベーションを大きく向上させる機会だった.